ボクたち親子の楽しみのひとつに小さな山に登ることがある。小さい山のボクたちの定義は、一日で登って数時間遊んで降りてこれるくらい。書写
山371m、鉄拐山237mや小さおおきくても摩耶山の698mくらい。つまり500メートル程度の山へ行く。
せっかく山に登るのだから、なにか楽しみがあった方がええ。息子は幼い頃、墨の匂いが好きで書道文字がカッコいいとおもった。そして子どもなら誰しも好きなスタンプ。或るときその二点が一緒になった『御朱印帳』の存在を知る。それからは、御朱印集めが鉄道に乗ることの次に好きな事に成る。山岳信仰から山にはお寺さんが数多くあるので、ボクたちの行動にはもってこいなのだ。
そうこうしていると『西国三十三箇所』なるものが千年前からこの世には存在していることを知る。京都の町中にある六波羅蜜寺さん、社会の教科書で誰もが知ってる口から仏さんをだす空也像のあるお寺さんも入ってはいる。だが半分以上はボクたちの好きな小さなお山にあるお寺さんである。しらない山に入るのはやはり恐い。だけどお寺さんの山なら参道もある、それに険しいが美しい山にあるのだ。
「西国33ヶ所めぐりで上醍醐寺につぐ難所って書いてるで、だいじょうぶやろか」書いてある事がほんまかどうかも自分で体験せなぁ難所かどうかもわからん、だいじょうぶ。「足痛なってきた、遭難したらどうしよ」遭難したら、その時考えたらええ。父ちゃんは地震の時よぉ解った、だれも頼れないけれど、希望を捨てた瞬間人は人でなくなる、捨てる神あれば拾う神あり。希望だけは捨てちゃいかんと。山で遭難したら、お金なんて屁のつっぱりにもならんで地震の時とおんなじ。食べもんと水とラジオが山登りの友やなぁ。
「お菓子は入らんの?バナナは。なんか食べるもんないの」それに雨や寒さよけやなぁ。「紅葉きれいなぁ」あきらめた。
「びわ湖は風がきついなぁ」寒いなぁ、ちゃんと防寒せんとなぁ。「あれ、クルマ道になったで、もう着いてもた。これが難所?」そやなぁ、なんか登った気がせんなぁと言いながら繖山432mの観音正寺さんへ到着。糸が散る山と書いて「きぬ
がさやま」 、散る秋にはぴったりの美しいちいさまお山だった。
「なんか、車道歩くほうがしんどい」ほやなぁ、山みたいに落ち葉もないもんなぁ。下山して4キロほど安土駅への道すがら、今では人が楽しく歩く道がなくなってしまった便利さ?を知らされた。2010年11月23日@びわ湖安土町
『落ち葉のコンチェルト』アルバートハモンドを聞きながら
|