「おとうさん、津波注意報が出ていますから海岸を散歩しないでください」3月11日手術後の診察を受けた病院からの帰り道、とぼとぼとSUMAHAMAを歩いていた。そしたら警察官にそう呼び止められた。なにかあったんですか? 「知らないんですか、宮城県沖で阪神大震災クラスの大地震です」イヤァ、切り落とした耳の治療でよぉ聞こえません。「冗談言ってる場合じゃないですよ。一刻も早く退避してください」なんだか胸騒ぎがしてきた。浜にはかよふ千鳥も居なく波がよせない海をヘンだなぁとおもってはいたけれど。末端のおまわりさんは、身の危険もかえりみず、こうして避難指示をだしている。だから日本は大丈夫なんだ。リーダーは何してる?つぶやいてでもいるのかい。
防災スピーカーから「海岸には決して近づかないように、津波到達予定時刻が6時」と。それにしても防災スピーカーは都市部でも必要なんだなぁと、感心した。あなたの町に防災スピーカーがどこについているか知ってますか? はずかしいことに午後5時過ぎのこの時刻まで、大地震がおこったことなどしらなかった。急いで被災してから持ち歩くようになったラジオをつけると、宮城県だけでなく関東から北海道まで広範囲にわたってたいへんな状況だと。治療した耳でもアナウンサーの緊迫した感じは伝わってくる、ラジオはすごい。阪神淡路大震災以上のとんでもないことが起こっている。
帰宅後、テレビでは「死者数、行方不明者数」が出ていた。この神戸の地震のときも同じだった、その表現に違和感を覚えた。人を恐れさせる報道はあるべきか? この国のマスコミ人は東京だけが助かればええとでもおもっているのだろうか。一人死んでも一万人死んでも、ひとりの命のおもさに変わりがない。人の命のカウントが増える事がニュースなのだろうか。それなら、なんで1日に90人から自ら命を絶つ人たちをニュースにしないのだ? 海外メディアでは避難民はホームレスと表現し、その数を流している。そしてなくなられた方には申し訳ないのだが海外メディアでは助かった命を助ける、ホームレスをどう助けるかがニュースになっている。報道の仕方に疑問を感じないのかい?
原子力発電所の事故にしても、東京を立ち位置に考えて情報を伝えたってしゃぁないやん。福島県の犠牲によって今まで東京の電力は支えられてきたのとちゃうの? 事故の起こっている電力は福島では使われていないんやでぇ。それを言えないのは東京電力の「オール電化」のCM広告料によだれを垂れてるテレビ局だろ。電力不足ならテレビ局もどこも同じ放送なのだから、日がわり民放1局国営1局にしたらどうよ。被災地では電気もないのだからテレビなんて見れないのだし、恐怖を煽るだけなのなら。力の弱い人たちにしわ寄せをして。なおかつ被災した人の電気を計画停電と称して止める暴挙。てめえさえ良ければ、あとはどうなろうが知った事ではないのかい。その後も、力が弱い群馬県から電気を止めると言い出した電力会社、ほんま電気という権力を使って好き勝手やっているとしかおもえない。もし、群馬出身者がまだ首相やったら止めたかい? まさか現首相のおひざ元は計画停電なしなんて事ないでしょうなぁ。政治家もこんな時こそ地元まるだしで地元の盾に成ったれよ。
無計画停電する前に、まず人として最初にやるべきことがあるだろう。東京電力の会社、関連会社の電気をまず止めるのが普通の人の感覚とちゃいますか。エレベーターを止めて階段使うのが当たり前だ。そうしていますか? お役人気質とよばれるのは、自分たちは安住しておきながら、力の弱い人からいじめていることを自覚できない感覚だ。電気止めたら、おまえらこのインターネットもダウンするんやぞと、電力会社に脅されているような社会なのですね、この国は。そうおもわれても仕方ない。ついこの間まで電力売るのも独占していたわけですから。あれだけ原発は安全だと言っていたじゃないですか。それを想定外という言葉で姑息に逃げるのはいけませんよ。「想定外」「がんばって」それ言う人は無責任や。声をだして読みたくない美しくない日本語ですなぁ。
私は阪神淡路大震災で、全壊でもうやけっぱちに成っておりました。まわりから「がんばってください」と言われるたびに、嫌なおもいをさんざん抱きました。これ以上なにをがんばれ、言うんやと。「がんばろう」とはがんばっている側が発する言の葉だと理解してますか? それすらわからん馬鹿が「がんばろう」なんて言うな!阪神淡路大震災の時「がんばろう神戸」が唯一許されていたのがオリックスブルーウェブです。頑張る事が仕事の楽天とベガルタ仙台、彼らが今度はがんばればそれでええ。「がんばれ」と被害もなく言い放つのは自分は関係ない、あぁ良かった式の逃げ切り感覚が感じられ無責任きわまりない。1995年のあの時も、なぐってやりたい気持ちでした。いや、なぐってしまったのですが。それで仕事もなくなりましたよ、でも平気だよ。
東北地方出身のわたしの友人は、辛抱強く無口です。そんな人に僕は、もうこれ以上がんばれなんて口が裂けてもよう言いません。やけをおこさず、踏んばってください。もうひとふんばりです、子どもたちが視てくれてます。がんばらんでええんです、こんどは私たち神戸が助ける番ですから。だいじょうぶ、大丈夫です。わたしも全壊から、16年経っても生きてて幸せです。かわいい子どもも授かりました。死にたいとおもったことも正直ありますが。ボクと同じようにふんばってください。2011年3月11日@神戸から
N.S.P.「春はもうすぐ」を聞きながら。
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