関西学院大学総部放送局創部60年の歩み〜48期からの手紙

KGB48期の紹介

○ 少数精鋭の48期。

  今をときめくAKB48ならぬKGB48期生は、AKB48とは逆に、大変人数が少なかったです。アナウンス2名、ドラマ3名、技術4名、制作1名、報道1名の全部で11名、しかも女性が1名の紅一点でした。学園祭ではそれぞれが複数のイベントにかかわり、3年生時はほぼ全員がパート部長や執行部長を掛け持ち、渉外副局長、渉内副局長を一人が担当するという歴代まれに見る執行部体制だったと思います。


  その分、少数精鋭、職人気質が高いメンバーでした。先輩・後輩からも信頼が厚い局長を筆頭に、競馬実況なら任せとけ!なアナウンス、「演技は楽しく」をモットーにしたドラマ、音声・映像それぞれにマニアックなまでの知識を持った技術陣、知性派ディレクターなどそれぞれのセンスは半端ないものがありました。 最大のイベントは新月祭。 1998年は僕らの代がヘッドになって新月祭のイベントを行いました。三田キャンパスでは学園祭に遊びに来たお客さんと一緒になって楽しむアウトドアイベントを、上ヶ原キャンパスではプラザで音楽をオンエアしたり、学内のクラブ・サークルの人たちをゲストに迎えてイベントをアピールしたりするオープンDJを、活動の総決算である番組発表会を行いました。


  また、メジャーデビューしたばかりのMISIAがこの年の新月祭後夜祭に出演しました。我々は総部として警備にあたりましたが、木や建物の上に登ったりする無茶な来場者を注意しなければならず、苦しかった思い出があります。3年生時はKGB初?のバンドコンテスト行った際、現在メジャーで活躍し、当時は関西学院大学の音楽研究会に所属していたオレンジペコーが出てくれたこと(もちろん優勝)は大変印象に残っています。 毎日のオンエアと新歓、学園祭などでのイベントのほか、西宮市のコミュニティFM「さくらFM」へのオンエア番組の提供、宝塚駅前で行われていた日本テレビ「24時間テレビ」の募金活動のお手伝いなど、地域との交流が増えていきました。



○ 技術過渡期の時代。

 僕たちが活動したのは1997年から99年。時代は世紀末、来るミレニアム、夢の21世紀に向けて、新たな技術が加わっていきました。音声編集・出力がオープンリール中心だったのが、機械の老朽化もあり次第にMDへと変わっていきました。MTRという機材の導入もあり、編集作業が格段によくなっていきました。また、大学のパソコンが充実し始めたこともあり、映像編集技術もあがっていきました。今やパソコンで音声・映像など簡単にできる時代、ほんの10年ほど前に流行ったMDは一体どこにいったのでしょうね。
文責・木村康人 平成23年5月31日
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