蝉の鳴く声、ユウスゲ(夕菅)の咲く夏。なぜ夏はその日かぎりの命が多いのか。夏の暑いぶっ倒れそうな中で懸命に鳴く蝉の姿は、なにかしら元気をくれる。高原の夕べユウスゲの咲く姿は、ほんのすこし夏のおわりのさびしさを予感させる。そしてそのあまい香りに心がなごむ。そう夕日のあたる砂浜に咲く朝顔の仲間たちもそうだ、砂漠のように乾いた夏の心をふと癒してくれる。もえるような太陽も、いつかは沈む。その日だけの短い命になにかしら物の哀れを感じてしまう感情は不思議なものだ。それも夏の一番きびしい季節に。私は伊吹山の高原でこのユウスゲを見ながらこんなことを考えた。夏の終わりにはこのユウスゲは、なんとか子孫を残そうと、ハチを寄せ付けるためにこの暑さの中すこしでも他の草花より高く、そして目立つ色で、かほり高くけなげに咲く姿、おんなじような事を人間様もしてるなぁと。
ユウスゲは本州以南の高原に咲く花で、その名の通り夕方一度こっきり咲くもので次の日の朝には静かにこうべをたれている。ユリ科の仲間で似ているニッコウキスゲは朝咲いて夕方にはしぼんでしまう。花の色もおんなじ黄色だが、私の感覚ではユウスゲの黄色の方が蛍光色がつよい気がする。その分黄い色もおとなしめだ。色の表現としては「ノカンゾウ」色というオレンジ色が混じった黄色があるが、ユウスゲの黄色はそんな黄色より弱く、ただ咲くのが夕方なので夕日にあたりオレンジ色が付いたりはするが。野萱草色は喪中の色とされ凶色とされている。一言で「きいろ」と片付けられる黄色はない。ある人はその色を見て黄金色と表現する。それはユウスゲが咲く時間が黄金に輝く夕日の時間だからだ。
ユウスゲは高さは1メートル以上のものもあり、ユリの仲間としては大きな部類。このユウスゲが咲く伊吹山は深田久弥さんの日本百名山のひとつ。滋賀県と岐阜県の県境に位置する標高1377メートルの独立峰だ。山全体が薬草の宝庫と呼ばれ、その数1200種とも言われるが、不心得な登山者たちに盗掘もされているだろうから果たしてそれだけの種類が残っているかが問題だが。特に山頂一帯は、それはもう山を訪れたものにしかわからない、言葉では言い尽くせない素晴らしい花畑が広がる。花畑は柵があり入ることは出来ない。ただしユウスゲは山頂付近ではなく、登山する途中の伊吹高原ホテルの周辺に多く咲く。
どうしてこの伊吹山が薬草の宝庫になったかだが、永禄年間に織田信長が南蛮人に命じて海外の薬草を集めさせてこの伊吹山に薬草園をつくったのがはじまり。この織田信長の時代より前から伊吹山はモグサの産地として有名で、百人一首に「いぶきのさしもぐさ」の歌がある。それはこの山や自然、天候が非常に薬草栽培に向いていたからだ。豊かな琵琶湖からの水蒸気が風にのり、伊吹山山頂付近に雲をつくる姿をよく見かける。その雲の中、夏になればイブキトラノオ(伊吹虎尾)やシモツケソウ(下野草)などたくさんの草花が山頂付近を彩る。花が好きな人なら一度は登ってみたい山なのだ。
伊吹山のユウスゲには保存会があり、最近は柵がされていて大切に守られている。そうしなくては盗掘したりするヤカラや花を踏みつける人間がいるからだが。交通
手段はJR近江長岡駅から登山口行きバスで15分、3合目までスキー用のゴンドラがある。3合目からは山頂までぼつぼつ歩いて2時間の行程。
※初掲載1998年7月 、データは当時のものです
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