おばあちゃんどうしたの。元気ないね」
「ああ、ゆかりさん、いいよ。ありがとね。こないだっから、こわい夢ばっかりみて。それで、身体もガタガタ揺れとるような気がして、ハッと夜明けに目をさますのさ」
「大きなクマにでも襲われてる夢」
「クマって人おそうのかい。私のこどもんころ出おぉたクマはかわゆうて、私たちの目の前にコロコロどてからコロがってきてさ」
「おばあちゃん、自然のクマに遭ったの。すごいね。動物園みたいなとこじゃなくて」
「へんなことゆうんじゃの、看護婦さんは」
「じゃむかし神戸にもクマいたんだね」
「そがぁな訳ないでしょ。私がおぉたのは中国山地の三次ってとこ」
「え、おばあちゃん中国にいたの」
「中国、満州におったなぁおじいちゃん。私は広島県の山奥におったのさ。今でもツキノワグマ、ヒバゴンの住む山にいるって言うよ」

「へぇー」また間があいてしまった。「ゆかりさんはヘンなおひとだのぉ。クマがそがぁに好きかい。なんだか、あんたと話してたら元気がでてきたよ」そう言って、おばあちゃんは、配給でもらったという茶菓子を出してくれた。おばあちゃんは、灘区に住んでいた。そう言えば、王子動物園が近くにあって、子供たちを連れてよく行ったとも話してくれた。地震が起こって、家が全壊。そして、ここの仮設住宅にひとりで住んでいるのだ。

 「ああいいよのおばあちゃん、ゆかりさんと話して元気になったみたいだね。良かった」
「浅井くんは、いつまでこのボランティア続けるつもり」
「どうしたの急に。あ、そうか。ゆかりさん、もう大阪の病院に戻らないといけないもんね」
「そうじゃないんだけれど。浅井くん、まだ大学生でしょ。授業だって始まっているだろうし」
「せっかく北海道から神戸まで来たんだから、九州まで足を伸ばしたいんだ。飯塚って炭鉱の町に行きたくてさ、むかしながらの演芸場があるって言うし」「どうして」
「僕の生まれた北海道芦別も、むかし炭坑の町だったんだ。同じような町が、今どうして生きているのか興味があってさ」「大学の方は大丈夫なの」
「まあ、なんとかなるっしょ。ゆかりさんこそ大丈夫なの」「今の病院は辞めることにしたの。神戸の町の復興見てすごしたいから、神戸の病院で働こうと思って、捜してるとこ」
「じゃあ、また神戸にやって来たら、ゆかりさんやああいいよのおばあちゃんにも会えるわけだ」「そうなると、いいのにね」
 
「浅井さん、明日香調べて来たよ。これでしょクマ牧場って。私、クマが牛の牧場みたいなとこウロウロしてるのかって思ったら、やっぱり動物園やん」「そうかなぁ。野生のクマなんだけど」その野生のクマみたいな彼に聞きたいと思っていたことがひとつある。本当に道歩いててクマに出合ったことないのかってこと。聞きそびれてしまった。

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 それから、私は神戸の病院で働きながら、みんなバラバラになるのをみつめていた。
 ああいいよのおばあちゃんは「やっぱり生まれた広島にかえるよ」って言い残して、ピカドンで親類はみんな死んじゃったと言っていた広島にひとり帰ってしまった。あの時と同じ神戸にしては寒い冬のことだった。


 「今は、キネズミたちは、みんなみじかい灰色の着物です。病院から見える大雪山の山々はきらきら光り、あちこちの白樺の木の白い肌がきれいです。先日、登別 温泉にあるクマ牧場に日帰りで行ってきました。大きんで、びっくりしました。たこ焼きみたいな食べ物を投げてあげると、喜ぶんですよ。大きなクマさんが、たこ焼きみたいなちいさなえさをうれしそうに食べるんですから。そう言えば、ツキノワグマもいましたよ。ツキノワグマはかしこくて、三輪車に乗ったり芸をするんですよ。おばあちゃんにも、見せてあげたいくらいです。
  広島のおばあちゃんへ、浅井ゆかりより。
   北海道大雪山に住むエゾリスの絵葉書にて」










Illustrator/Cody











原作・Photo/ Mac Fukuda